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by MK
「タイ流政治」 2008年10月
民主市民連合による首相府占拠、バンコク非常事態宣言、料理番組出演が副業を禁じた憲法違反に該当するとしてサマック首相の解職、国会を包囲したデモ隊の撤去に催涙弾が使用されて死亡2名・負傷400名、…。
日本のテレビ画面に躍るタイ政局混乱のニュースだけを列挙すると、タイはまさに無政府状態です。しかし、一連の騒動は「タイ流」政変劇であって、社会秩序が乱れ行政がまったく機能しないような無政府状態ではありません。例えば、騒動の真っ最中であるにかかわらず、バンコク国際映画祭は通常に開催され国内外の映画人はイベントを楽しんでいました。首相府近辺を除いては市民生活も通常です。この騒ぎで「君子危うきに近寄らず」とタイへの旅行や出張、投資を控える外国人が多く、景気の落ち込みの方がむしろ心配です。
首相府が占拠された8月26日には、「あさま山荘事件」や「東大安田講堂事件」を連想して、さあ忙しくなるぞと身構えました。どこの国でも行政の象徴である首相官邸が占拠されれば、政府の威信をかけて軍や警察が強制排除に動くでしょう。
ところが、どうも様子が変です。普段の反政府デモなら武装警官が首相府ゲートに立錐の余地もなく並び、デモ隊を一歩たりとも敷地に入れないようにガードします。当日はデモ隊が塀を乗り越えてくるのを黙って見ていました。誘い入れた後で一網打尽にする罠ではないかと疑心暗鬼で見ていたほどです。首相府入城直後にデモ参加者が警官と記念撮影をしている光景を目撃すると、これは合意の上の占拠だなと鈍感な僕でも分かります。CNNが早速、首相府をバックにライブ中継しています。日本のメディア各社も気勢を上げるデモ隊をバックにリポートを収録しています。メディアの特性として、警官隊とデモ隊が対峙したり衝突する映像が選ばれて報道されますが、警官とデモ参加者が握手したり記念撮影する姿は画面にでません。

(8月26日 首相府入城直後のデモ隊と警官)(8月29日 首相府から総ての警官が退去)
ホワイトハウスや日本の首相官邸で、同じことが起こり得るのでしょうか。ビルマで起こっていたら、路上に累々と屍が横たわっていることでしょう。
ソムチャイ新首相の施政方針演説阻止のために国会を包囲したデモ隊に警察が催涙弾を使用して犠牲者がでました。行政裁判所は「国際基準に則ったデモ鎮圧をすべきである」と政府に警告を発しました。法務省科学捜査局は使用された中国製催涙弾が殺傷力のあるものだったことを検証して、中国製催涙弾の破棄を決めています。催涙弾ではたいしたことないとタカをくくって取材していた僕は、さすが中国の基準は違うと吃驚です。日本人が巻き込まれたら、日本のマスコミはタイ政局報道をそっちのけで犠牲者の周辺取材に殺到するのが常です。僕にとってはそちらの方が脅威です。事件に関係のない家族までさらし者にしてほしくありません。
それでは「国際基準」とは何なのか、世界の価値観が多様化している中で一概に言えないことです。そんな漠然としたことで悩むよりは「タイ流」を分析したほうが賢明です。
すでに発表しているので詳しく書きませんが、問題を簡単にいえば、ここ十数年で急遽台頭した新興勢力タクシン派と旧来勢力の対立です。バラマキ政策で国民人気を得たタクシン元首相は、その立場を利用して私利私欲に走ります。タクシン氏の権勢がピークのときには警察、軍、司法のトップ人事まで牛耳るほどでしたから、利益機会を失った旧来勢力は反感を持ちながらも彼の暴走を止めることができません。国王の顧問官で構成される枢密院や王室の忠告にも、タクシン氏は国民人気を盾にして背きました。2006年クーデターの背景です。総選挙で再びタクシン派政権が復活したとき、世界の非難を浴びる軍事クーデターという手段が容易にとれないことを知った旧来勢力は、兵士を動かす代わりに市民連合をバックアップして、タクシン派一掃を謀っているのです。前クーデター時と違うのは、軍、警察、司法がすでに旧来勢力側にいるということです。
わずか5千バーツ(一万五千円)のテレビ出演料で失職したサマック前首相に比べて、首相府占拠での国家反逆罪適用を破毀されて保釈、再び首相府で活動を続ける市民連合のリーダーたちの処遇の違いが、いまの趨勢を表しています。そして、選挙違反をめぐる政権与党の解党審理などタクシン派政権を追い込むカードは次々に用意されています。主が英国に逃亡したタクシン派は、もはや崩壊寸前です。
世界遺産に登録されたカンボジア国境のヒンドゥー寺院遺跡プレアビヒアの領有権をめぐる紛争が激しくなっているようです。内政問題から国民の目を逸らして、愛国心を煽って挙国一致を訴えるには格好の出来事です。首相府占拠グループも、さっそくこの問題を取り上げています。紛争を再燃させたのは謀略ではないかと勘ぐってしまいます。「タイ流政治」に振り回されていると、そういう発想になってしまいます。国境で展開する兵士たちの激しい映像をみて、またタイへ来るのに二の足を踏む外国人が増えるのではないかと心配します。惰眠を貪る兵士たちの姿を撮影しても誰も使ってくれないのですが、現場に行かないとそういう雰囲気が分からないので、またぞろ国境に足が向きそうです。

(Most Wanted! 英国逃亡中のタクシン夫妻) (首相府占拠の市民連合)
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