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「災害と政治とメディア」 ビルマ・サイクロン禍、中国・四川大地震、岩手・宮城内陸地震、ノ。大きな災害が続いています。被害を受けた方々への憐憫と一刻も早い復興を願うばかりです。 大災害への対応は、政治の真価が問われるときです。迅速な被災者救助、ライフラインの確保、被災地支援と復興など、判断を間違えると多くの生命に係わるだけに政治家の度量が試されますし、日ごろの危機管理についても追求されます。古今東西、災害時の対応で名を上げて人民に信を得た為政者がいる反面、無能力さやエゴが露呈して人民に糾弾され失脚した為政者もいます。 1976年の唐山大地震の?小平の現実主義的な対応が契機となって、それまでイデオロギーに固執していた中国共産党が変化したとされます。そういう前例があるためか、温家宝首相が現地で陣頭指揮を執り、胡錦涛主席も激励のために被災地を訪問しています。何せドタバタの状況ですから問題はいっぱいあるでしょうが、不満の声をメディア上で抑え、中国政府は人民のために全力を尽くしているというアピールを内外に示しています。いずれ再燃するでしょうが、あれだけメディアが騒いでいた聖火リレーとチベット問題が鳴りを潜めました。チベット人弾圧問題を非難するフランス政府への反抗で行われた仏系スーパー・カルフールの不買運動も、カルフール社が被災者への支援を表明したことで潮がさっと引きました。60年もの間ずっと学校で反日本帝国主義教育を続けているわけですから簡単に意識が変わると思いませんが、緊急支援と救援チーム派遣で日本への印象を変化させようという動きが日中双方にありました。「過去の清算」をしたい日本がいくら足掻いても、情報コントロールが上手な中国政府が動かない限り、日本に対する国民感情というのはなかなか変化しません。ともかくも四川大地震という災害が、国家威信をかけて臨んでいる北京五輪と同様に、いろいろな意味で中国の転機になりそうです。 大災害が政治を変革させた至近な例は、インドネシア・アチェです。 およそ20万人の死者を出した2004年12月のスマトラ島沖大地震・インド洋津波が契機となって、自治独立を求めるアチェとそれを拒むインドネシア中央政府の和解が成立しました。アチェの石油利権を維持したいインドネシア政府は兵士を大量投入し、独立を求めるアチェ人の弾圧を続けてきました。それまで厳格な外国人入域規制や報道管制で、亡命アチェ人の証言や抗議行動そして数少ない潜入ジャーナリストの報告でしかアチェの実態が窺い知れませんでした。 スマトラ島メダンから陸路で被災現場に辿り着いて、ジャワ人とアチェ人の両者の確執などお構いなしに一気に流し去ってしまう自然の猛威にただ茫然としてしまいました。当初はGAMとの衝突を恐れて武器を携行して哨戒活動をしながら遺体収容や瓦礫撤去作業をしていた軍兵士たちも、メディアからの批判とGAMの停戦宣言で非武装の活動に切り替えました。この災禍に対処するには、政治的なわだかまりを一時捨てることが必要だという気運が一気に盛り上がりました。その後インドネシア軍の撤退とGAMの武装解除が行われ、両者が合意するアチェ州の自治がスタートしました。GAMゲリラの映像は価値がなくなりましたが、悔しくないお蔵入りです。 前置きが長くなってしまいました。私が一番書きたいことは、ビルマのサイクロン禍についてです。 私はビルマにとっての災いにはなりたくありませんが、軍政にとっての災禍になっても一向に構いません。
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