GPA News Letter Vol.50

 

M.K


2008年3月                              

「捲土重来 いまだ時期尚早」

 最初に断っておきますが、MKの独断と偏見です。いろんな捉え方があるはずですから、これに惑わされずに御自分で情報を集めて御自分で判断されることをお勧めします。
 2月28日、クーデターで海外に追われ、実質的な亡命生活を送っていたタクシン元首相がタイに帰国しました。

 私も依頼を受け、空港でタクシン氏の1年5ヶ月ぶりの帰国を撮影しました。タクシン氏はVIPゲートから出るやいなや待ち受けるカメラやサポーターの前で大地に平伏し、思い入れたっぷりのパフォーマンスを見せました。漫画「花の応援団」風に表現をすると“役者やのう”と蹴飛ばしたくなるくらいに、ヘボ・カメラマンは予期せぬ動きに大慌てで撮影ポジションの計算違いなど大反省の撮影になってしまいました。

 帰国記者会見では“私の所為でタイ社会に摩擦が起こったことを遺憾に思う。政治から身を引き、スポーツや教育などの慈善事業をしてゆく”と殊勝な発言に終始しましたが、額面どおりに受け取っている人は少ないでしょう。

 パキスタンのベナジール・ブット元首相の帰国は熱狂的でしたが選挙運動中に襲撃されて命を落としました。フィリピンのベニグノ・アキノ元上院議員は亡命先の米国から帰国した途端に空港で暗殺されました。タクシン氏側近のなかには、そういう事態を危惧する人もいて、周到な帰国準備と警備対策、そして軍部への根回しがされていました。

 昨年12月、クーデター後初の下院総選挙でタクシン「愛国党」を引き継ぐ「国民の力党」が政権与党になり、票を集めるための方便で“タクシン元首相の代弁者である”と公言していたサマック氏が首相に就任したことで、帰国体制が整ったのでしょう。

 タクシン氏は国家汚職撲滅委員会から訴追されている身の上です。またクーデター前の選挙不正でタクシン「愛国党」運営委員110人に5年の政治活動停止と解党命令が出されています。タクシン氏が政界に戻りたいと言っても、現憲法を改正しない限り、いきなり首相に返り咲いたりすることはありえません。クーデター政権が中心になって作成したとはいえ、現憲法は国民投票で過半数以上の賛成を得て承認されているからです。

 さて本当にタクシン氏が政界から身を引くのかどうかという点については、いましばらくは彼が会見で話したとおり、政界から一歩距離を置いて汚職審議も拒否することなく出頭を続けるでしょう。首相をはじめ法務大臣、内務大臣、外務大臣など政権幹部はタクシン派であり、警察幹部や司法庁幹部など反タクシン派は次々に更迭されていますから、判決で有罪になったとしても捲土重来の道を残したものとなるでしょう。保釈中であるにもかかわらず、オーナーである英国フットボール名門チーム、マンチェスター・シティの試合観戦のための英国への出国が許されるなど特別扱いです。その特別扱いがスポーツなどの分野なら許せても政治に関わってくると反タクシン派が叛旗を翻し、また混乱するのは目に見えているので自重しているだけだと思います。タクシン氏自身が、帰国後すぐに財務大臣のアドバイザーとして招請されたときに“それを受けることによって起こる摩擦の方がマイナス大なので受けられない”と発言しています。そして東北部や北部に根強く残るタクシン首相復活待望論が醸成されるのを、悠々自適の生活をしながら待つのが得策であると考えているのだと推測します。また、現国王が存命の内は彼が政界に戻ることはないと思います。

 なぜタクシン氏がクーデターで追放されたのかいうことを考えると流れが良くわかります。軍部の独断専行だけでクーデターが起こったのかというと必ずしもそうではありません。2年あまり前、反タクシン集会が日増しに増長するなかで、タクシン氏は“この国の民主主義を阻害するカリスマ”(タクシン氏の発言)から勇退を勧められています。彼は勧告を受け入れず“それでは国民に問うてみましょう”と内閣解散、総選挙に打って出ました。主要野党がボイコットするなかで、タクシン「愛国党」独占の選挙になりました。愛国党は選挙の辻褄を合わせるために、ダミー野党をたてるなどの工作をします。このときの不正が、憲法裁判所での愛国党解体判決の根拠となっています。

 結果、“私は国民に信任された”と自信満々に独断専行を進めるタクシン氏に拮抗して反タクシン集会は益々増大してゆきます。国権を私物化しているタクシン氏は王国をないがしろにする亡国者である、と反タクシン派は国王の写真や国王を尊敬する色・イエローで身を固めて御意を汲んだ行動であるようなキャンペーンを続けます。

 そして収拾がつかなくなったところでクーデターが起こりました。クーデターを起こしたのは反乱軍ではなく正規軍です。兵士たちが構える銃器には黄色いリボンが巻かれ、タンクには国王の写真が掲げられています。流血の事態を避けるためか、タクシン氏の外遊中の出来事です。

 タクシン氏は、いろんな意味で稀代の宰相だと思います。

 この国の既得権益構造を享受した政治家は多くいましたが、それを解体しようとした政治家はいままで存在しません。既得権益が確定していなかった通信業界で一躍巨万の富を得た実業家が、次にビジネスを拡大するときにぶつかった壁が従来の既得権益構造だと思います。タクシン氏は、それを政治家になることで乗り越えようとしました。人気を得るためにタイの4割の人口を抱える東北部などにバラマキ型の政治をしながら、麻薬などの地下経済の再編、国営企業の民営化、国有地の再整理など、既得権益者の怒りをかうような政策を強引に進めました。それが国民のためを考えての行為だったのか、私利私欲のためだったのかというと、やはり後者ではないのかと思います。

 チェンマイのバス公社を民営化した後、その社長に親族を据えるなど露骨です。EGAT(タイ・エネルギー公社)の民営化問題は反対運動で結局成立しませんでしたが、民営化の受け皿として、やはりタクシン系企業が準備されていました。

 将来、捲土重来して政界復帰するようなことがあっても私利私欲に走ることがないようにしてほしいものです。  
                 (MK)

Topへ戻る