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![]() 「王さま」 タイのタクシン首相辞任劇の背景には、プミポン国王の意向が大きく関与しました。 … … … そんなことで僕は今、アジアの王さまたちについて考えを巡らせています。 ヨーロッパ難民がアフリカ奴隷を引き連れて入植し、ここ200年あまりで世界を牛耳る国となったアメリカ。そこには「王」の伝統はなく、国王を懐く母国ヨーロッパの国々への反動として“入植者の入植者による入植者のための政治”を形成していきました。当初は先住民族や奴隷のことなどお構いなしだったし、現在は「新入植者」問題が起きています。 一方、アジアの国々では“臣民による君主のための政治”が永く続きました。それは「国家」という纏まりではなく、領主とその領民で形成される領域の集合体のようなものです。領主のなかでもっとも実権(軍事・経済)を握る者が「王」として専制統治を行いました。 専制だから王たちはエゴ丸出しで無茶苦茶してきたかというと必ずしもそうではなく、中国の例だと孔子、孟子、老子、荘子など「王のあるべき姿」を説く賢人たちがチェック&バランスの役割を果たしました。総じて賢人たちは、富と権力を掌握した王が、富と権力をできるだけ人民に均等分配するような統治をすれば、臣民も納得して領土は栄えると説いています。また、インドに生まれた釈迦は王子として「王のあるべき姿」に悩み、出家し悟りをひらきました。釈迦の教えのなかには治世訓として読み取れるものが多くあり、仏教国タイの為政者にも多大な影響を与えています。 しかし、王家は世襲が常ですから暴君が現れても臣民に選択権はありません。王の人格だけに依存していては危険すぎます。また、臣民ではなく人民であるという人々の自我意識の目覚めなどもあって、現在ではアジアの王さまたちも専制君主から立憲君主や象徴君主など、さまざまな形態に変わっています。 それはもう、多様性にあふれています。 マレーシアでは9州のスルタン(州王)から互選で5年に一度、国王を選びます。あるスルタンが殺人を犯したときに、現代法でスルタンを裁けるのかどうか裁判の経緯が注目されたことがあります。国王は象徴的存在でしかなく、空港やホテルには国王と同列に首相の肖像が飾られています。 立憲君主国タイでは憲法上でも国王に超法規的権限が付与されています。いまは善意の国王ゆえに暴走する政治家や軍人などへのパワー・バランス機能を果たしています。国民の大多数は現国王の良心を信じています。 ブータンは国王親政です。かつての藩王ワンチュク家が王位を継承しています。現在は4代目。かつてのアッサム王国であるとか、シッキム王国であるとか、そういう単位のブータン王国がインドに呑み込まれずに独立国であるというのは歴史の綾です。イギリスをはじめとした西欧列強の植民統治の線引きは、いまだアジア各地に禍根を残しています。現在も続くビルマ内戦(あえて、そう言います)は、イギリスが種を蒔いて日本が水をかけたようなものです。 ネパール … ブルネイ … カンボジア … ヨルダン … サウジアラビア … さまざまな「国のかたち」があります。 かつての“君主政治”の残存度が民主化度に反比例するのかというと、そうでもありません。「王」に代参する軍事独裁者が現れて牛耳っている国もありますし、王政打倒後にプロレタリア独裁を国是として「主」が代わっただけの国もあります。 これだけ多様性があると アメリカが金科玉条のように唱える“人民の人民による人民のための政治”を一律的に当てはめることはできません。しかし、もっとも大切なのは“人民のための政治”です。 今回タイでは、“タクシン一族のための政治”が極端に行われたために人々が叛旗を翻しました。 独裁ではあっても、“タクシンのタクシンによる人民のための政治”が行われていれば、どうだったでしょうか。マルコス、スハルト、マハティール、リークアンユー、朴正煕、…独裁色の濃いアジアの宰相たちの誰が失墜したかということを考えると分かりやすいです。 王国、共和国、政治体制がなんであれ、私利私欲に走らない為政者は本当に少ないです。
M.K さんのHP『tropical eyes』 http://newsasia.hp.infoseek.co.jp/ |
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