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“TSUNAMI”インド洋大津波、あれから1年

by michi  

   


             

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 2004年12月26日午前にインド洋の国々を襲った地震と津波によって30万人以上の犠牲者、行方不明者、100万人ともいわれる多数の被災者を出したインド洋大津波から1年が経つ。その時、多くの日本人も犠牲になった。私が取材に入った被災直後のプーケット・パトンビーチは、ビル2階の窓に張り付く海藻、津波で流されカウンターだけが残った食堂など、ここで助かった人がいる事が奇跡と思えるほどすさまじい状況だった。津波で壊された建物の残骸が、がれきの山となり、口では表現しがたい臭いとほこりに覆われていた。“津波”に対するタイ語はあるけれど、「tsunami」という言葉で、津波がどんなものであるかはじめて認識されたのだった

この津波を教訓として、津波警戒情報を気象庁から世界に向けて発信するシステムを

作り始めたり、“地震が来たら海岸から離れること”という放送をタイでされるようになったりとタイの津波に対する意識は格段に変わった。

 

先月、1年ぶりに訪れたプーケット・パトンビーチは、津波の傷跡はほとんど消えていた。がれきの山だった広場は、整地されグランドになり、子供たちがサッカーを楽しんでいた。津波直後、泥水で商品が濡れてしまい“TSUNAMIセール”をしていたお土産屋さんは、以前と同じ所で商売をしていた。ビーチ沿いのメインストリートでは、観光客が楽しそうにお土産を探していた。津波以前と大きく違うのは、そこに日本人観光客がほとんどいないことだ。パトンビーチ近くで日本料理屋をやっているタイの友人が嘆いていた。“津波直後でもヨーロッパからお客さんはたくさん来て、プーケットに休暇で滞在していたのに、日本人はなぜいまも来ないのか”と。“TSUNAMI”で店が壊れてしまった事もつらいが、その後日本のお客さんが来なくなってしまったのは、なおつらい。以前と変わらない復興したパトンビーチにまたぜひ来てほしい“と。

津波復興へ一番の支援は、なにより日本人観光客にまた来てもらうことだと思う。

 

今のプーケットは、雨が降らないベストシーズン。日本が”厳冬”の時、“南国の青い空と透き通る海“が同時に撮影出来るのは、この時期だけです。

エレファントライディングとパラセイリングが一緒に出来るのはプーケットならでは。“復興したプーケット”をぜひ確かめてください。日本に“最近のプーケット”を紹介して、何かの形で“復興支援”になれば良いなと思います。

 


GPA 国際事業部 碧海 慎
ただいまパリに出向中。
欧州のお仕事は《あおみ》まで連絡お待ちしています。

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