M.K

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「アチェ・コーヒーとビンタン・ビール」

 

〜インド ネシア〜

 

 [GAM (アチェ自由運動)女性ゲリラ]    [バリ島テ ロ爆破現場]

 

不謹慎の誹りを承知で、偏見を述べます。

今年10月1日に起 こったバリ島テロは、映像で流れたほどに大きな爆破被害ではありません。

昨年12月26日のインドネシア・アチェの津波被害は、映像で流れた以上に大きな災害です。

インドネ シアで起きた二つの出来事を並列することは、意味のないことかもしれません。20万近くと23人という死亡者数で較べたり、自然災害と人為犯罪を並列するのは馬鹿げています。被害者は被害者であり、その不幸に対し悼みと憤りを感じるのは、事の大小や事由に関らず同じです。

ニュースで殺戮のイメージを印象づけられたバリ島ですが、3箇所の爆 発現場以外は、あいかわらず楽園のままです。大量殺戮を狙うというよりは視覚効果を目的としたテロでした。外国人の集まるレストラン3箇所で行 われたこと、自爆犯の動きを捉えた映像が偶然ではなくて意図的に撮影されていたこと、その映像が翌日にはインドネシアではなくてオーストラリアのテレビ局 に持ち込まれて放送されたこと、撮影者はもちろん姿を眩ましていること、・・・、メディアへの連動が企図されていました。

現場を見た印象は、手榴弾が爆発した程度です。被害者が多かったジンバラン地区のレストランは、浜辺にテーブルと椅子を並べたようなオープン・スペースです。リゾート客や地元住民が交通事故現場に集まる野次馬のように、立ち入りを禁じたテープの前で事件の評定談議をしています。そして、いつもと変わらぬ白砂の 浜、青い海と空、そして白い雲、…。

日本の報道では、その辺の不可思議さは割愛されて、巻き込まれた邦人やバリ島へ訪れる邦人の状況報告が中心です。テロが宣伝効果を狙ったものであれば、外国メディアが大挙バリ島に押し寄せてきて、バリ島全体がさも殺戮の島になったかのように報じたことは、テロ犯の思う壺に嵌ったということでしょう。

それでは、どんな宣伝をしたかったのでしょうか。

モスリムが多数を占めるインドネシアで、バリ島はヒンドゥー教徒が多くその伝統が色濃く残る特異な存在です。モスリムの戒律で禁じられている飲酒・肌の露出などに 束縛されずにリゾートを楽しめることなど外国人観光客にとっても別天地です。そのことが、犯人とされるジェマ・イスラミアなどのモスリム原理主義者にとっ て「堕落」として捉えられ、テロの攻撃対象となっているとマス・メディアが説明しています。

本当にそうでしょうか。

観光立地 バリでこのような事件が起きれば、もっとも打撃を受けるのは、観光業者やその恩恵を受けている地元住民です。住民に反感を抱かせるのは逆効果であるという方針が、ジェマ・イスラミアの指導者から出ている中で、なぜテロ犯は反感や憎しみを誘うパフォーマンスを起こしたのでしょうか。実行犯はジェマ・イスラミ アのメンバーだとしても、誰かが指導者の方針を逸脱するテロを誘導しているのでしょう。クエッション・マークが点ります。

宣伝効果という意味で考えると、ジェマ・イスラミア側よりもインドネシア政府や対テロ戦争を展開している側に有利に働きました。

前日まで インドネシア各地で暴動化しつつあった石油価格値上げ反対のデモが、バリ島テロの途端に鳴りをひそめました。鎮圧部隊の出動が容易になったことやバリ島犠 牲者へのシンパシーなどが、デモ参加者の機先を制したようです。また当日にユドヨノ大統領が現地へ飛び、国連のアナン事務総長が反テロ声明を出し、翌日に はシンガポールのリー首相が現地慰問に行きました。日本からも警察チームが調査支援の目的で派遣されています。為政者の反テロ・パフォーマンスは結構です が、テロが起こる背景の問題を解決してほしいものです。テロ制圧以前に、その要因である貧富格差や強者優遇の社会構造などの問題を解決してゆくことが為政 者として重要なのではと揶揄したくなります。

産油国のインドネシアが原油輸入国に転じたこと、そして政府補助で石油価格を安価なままに維持することができなくなったこと、それに対して住民が窮乏を訴えざるを 得なくなったこと、これらのことはバリ島テロよりもインドネシアの将来を考える上で大変なことです。

津波被災地のナングロ・アチェ州は、インドネシア第3の産油地です。ここの油田が枯渇しているというもっぱらの評判です。いままで、エクソン・モービル社などへ採掘権を与え、その収益のほとんどを中央政権や国軍が吸 い取っていました。ですからインドネシア政府は、GAM(アチェ自由運動)など独立を主張する住民の声を無視して、軍の力でアチェの制圧に躍起になってき ました。GAMにとっては、油田があるから独立しても経済基盤が保障されていると考えていました。その収益をインドネシア政府に持っていかれるのではな く、自分たちのために使いたいという希求があっての武装蜂起です。

報道では、アチェ住民がいかにインドネシア軍に虐待されたり、蹂躙されているかというヒューマニズムの部分にスポットが当てられるのですが、石油利権獲得戦争の視点を忘れては片手落ちです。ところが、その石油利権があやふやなものになってくると、インドネシア政府にとってもGAMにとっても、どこか落としどころ を見つけないと収拾がつかなくなります。そんなときに、未曾有の津波被害が起きました。

津波をきっかけとして和平合意がトントン拍子に進んだのには、そんな背景もあると思います。

奪い合うものが無くなったときにヒトは平和になれるとは、何という皮肉でしょうか。

9月に、プ ライベートでアチェの被災地を再訪しました。

いまでもテント生活を続ける人が多いのですが、ようやく仮設住宅や新築の家屋がポツポツと建ち始めています。

再定住には、いろんな問題があるようです。何せ土地台帳も何もかも流失してしまったものですから、ここは自分の土地だったと主張しても認めてもらえなかったり、逆 に嘘をついて有利な条件を得ようとする人がいたり、NGOなどが用意した何パターンかのモデル住宅では気に入らなくて特別な住宅をリクエストしたり、家作 を流された人が元の場所に家を建てるのを地主に拒絶されたり‥‥。

何人も、より良い条件や環境で暮らしたいというのは、基本的な人権です。

それらが、何人にも過不足なく行き渡るというのは至難の業であり、復興というのは一筋縄ではいかない作業です。今でこそ世界から集まった義捐金があるものの、それも為政者によって胡散霧消する可能性大であり、潤沢であるはずの石油が当てにならないとすれば、先行きが見えません。

特産のアチェ・コーヒーをすすりながら、発生後1年近く たっても癒えないどころか深まる傷跡に、これは映像に流れた以上に大変な惨事であることを認識しました。

バリ島では現場では躊躇しましたが、ちょっと離れた海岸でビンタン・ビールで咽喉の渇きを癒しました。

そして、 バリ島は楽園のままであることを再認識しました。

 

[アチェ・ ロックスマウェの油田]        [アチェ・ ロッンガ津波被災地2005年9月]

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