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サッカーW杯アジア最終予選(日本―北朝鮮)バンコク決戦!

5月の中旬、新聞で読んで驚いた。「ワールドカップ最終予選が北朝鮮から会場変更で
バンコク開催決定」。サッカーW杯は日本では国民的イベント。バンコクに住んでいる
僕にとって、関心はあっても“日本での出来事”。今までタイといえば、“観光とエス
ニック料理の国”。それがこれからは“W杯本大会出場を決めた試合をした国”これだけ
“タイ・バンコク”が連日のように紹介され注目される事は、なかなかない。中継担当
のスタッフも大勢やってくる。いつものロケよりかなり人数が多いだけにちょっと緊張した。
日本代表のW杯本大会出場の気分が盛り上がりつつある中、あっという間に1ヶ月半が過ぎ、
ついに“その日”がやってた。中東のバーレーンから“転戦”してきた中継スタッフを僕は
バンコクの空港で出迎える。直前の試合で勝っているだけに、中継スタッフの気分も一段と
盛り上がっている。印象深いのは、到着した日の夕方、日本代表の練習撮影のため、タイ陸
軍スタジアムへと移動。練習開始から30分ぐらいたった頃だろうか。試合が開始される時
間とほぼ同じ時刻に、南国特有のスコールが襲う。ピッチ上で練習をしている日本代表が、
撮影中にかすんで見えなくなるほどの凄まじい雨。そこで中継スタッフから矢継ぎ早の質問
“毎日決まった時間に雨は降るんですか?撮影機材のスコール対策は?雨のバンコク渋滞で
かかる移動時間は?バンコクは天気の状況、雨量によって交通状況が刻々と変わる。
公式練習取材をした後、収録素材を届ける途中、手配していた車両が夕方の大渋滞に巻き込
まれ、バンコク高架鉄道に乗り換えなんとか衛星伝送に間に合わせる事が出来たことも、
以前のコーディネーター経験が生きた。ついに迎えた試合当日。
“競技場に昇る朝日”の撮影で、早朝から試合会場入り。会場を見渡すと、何とも言えな
い緊張感とワクワクする気持ちでいっぱいになる。ピッチでは当日の朝まで芝生の手入れ
をしているグランドキーパーの姿があった。着々と進む中継準備。昼間あれほど暑かった
気温も、夕方には、誰も観客のいない競技場に心地よい風が吹いていた。心配していたス
コールも雲をみる限り降りそうにない。中継や機材の事を考えると雨は一番心配していた
事だった。“無観客試合”は私もはじめての体験だった。ピッチ上の選手の声がよく聞こ
える。競技場の外から一生懸命応援している日本人サポーターの声、中継スタッフの指示
の声もまたよく通る。関係者しか競技場にいないはずなのに、日本代表に点が入るたび歓
声が上がっていた。生中継も無事終わる。しかし試合が終わってもほっとできないのが
“コーディネーター”。その日の深夜便で帰国する中継スタッフを、時間までに空港に送
り届けならない。まだまだ気は抜けない。中継スタッフとホテルのロビーで祝杯をあげ、
急ぎ空港に送る。空港に送った帰りのロケ車で思う。“無事に終われてよかった”と。
この半年、タイという国が一番大きくテレビ、新聞でとり上げられたのは、大勢の犠牲者
を出した“津波”。痛ましい災害だった。それが今回タイは“祝い事の場所”としてとり
上げられた事は本当に嬉しかった。98年フランス大会が“ジョホールバルの歓喜”、
94年アメリカ大会が“ドーハの悲劇”今回の予選突破は何と呼ばれるのか?
“バンコクの…?”とても楽しみだ。
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