|
by
AKIRA
■日本人詐欺師の話
かつては、タイ在住の日本人のイメージの一つとして、なんらかのトラブルを起こして日本には居れなくなった人がタイまで逃げてきて暮らしている、というものがあった。・・・あったような気がする。
最近は、ごく普通の若者たち(に見える)も「タイが好き」というだけの理由でたくさん当地に住んでいるので、かつてのイメージはだいぶ薄まり、うっかり忘れかけていたけれど。
ところが先日、ぼく自身が、日本人の詐欺師に遭遇してしまった。
H君。タイに来て5年ほどになる、まだ30歳を少し過ぎたばかりの好青年だ。彼は、デザイン・印刷関係の会社を起こし、ちょうど1年ほどとなっていた。
ある日、その彼からぼくに電話があった。
彼の会社では、もともとホームページ制作なども請け負っていのだが、今後本格的にインターネット事業も始めるのだと言う。それを手伝ってくれないか、という話だった。
彼の話す内容はかなりスケールの大きなものだったので、当然ぼくは最初、疑問を持った。広告的に利用するのであればともかく、もともとインターネットそのもので利益を出すことは、相当に難しいとぼくは考えていた。どうやって利益をあげるのか。もちろん様々なアイディアはあったけど、軌道に乗るまでには時間がかかるはずだった。それまで、資金的な体力はあるのか。
そこで話に出てきたのが、その新しい事業のスポンサーとなるM氏の名前であった。
H君の話では、M氏はニューヨークで建築事務所を構える実業家で、シドニーにも支社を持ち、最近バンコクへ進出して来たらしい。彼が数千万円単位のお金を事業の資金として出すのだと言う。
こうなると、今度はM氏の素性に疑問が出てくる。当然のことながら、ぼくは「そのM氏という人物は信用できるのか?」とH君に訊いた。H君の返事は、「大丈夫だと思う」というものだった。
M氏が詐欺師である可能性は、もちろん最初にまず考えたことだった。
しかし、M氏はお金を出す立場にあった。H君自身は、自己資金をこの事業に投じる気はなかった。M氏が詐欺師だとして、たとえばお金を出す出すと言いながら結局は出さなかったとして、そうであればたしかに困るが、かといってM氏にはなんの利益があるのだろう。とりあえずは思いつかなかった。
M氏が信用に足る人物かどうかということには、それでも依然として不安はあったけども、ぼくは数日考え、結局その仕事を手伝うことを引き受けることにした。彼が詐欺師だとしても、ぼく自身が失うものはほとんどないと判断したのである。
それに基本的に、ぼくは単にH君から仕事を受ける立場であるだけで、ぼく自身は直接にはM氏には関係がない。M氏のことを判断するのはあくまでH君であって、ぼくがあまり口を挟むべき事柄ではないだろう。
だけど、現実にM氏は、結局お金を出さなかったのだ。
ぼくとH君は、その新しく始めるインターネット事業について、何度も打ち合わせを重ねていた。事業の規模から考えて、ぼくにとってもH君にとってもそれがメインの仕事となるはずであった。
1ヶ月ほどたったある日、ぼくのところにH君が沈んだ声で電話をかけてきた。「M氏が捕まったよ」。
結論から言うと、M氏は日本で何度か詐欺の前歴がある人物だったのである。
日本の警察から指名手配を受けていたM氏は、バンコクのイミグレーションで拘束された。タイで事業を始めようとしていたのは、ある程度には本気だったようではあるが、その資金はM氏本人からは出ていなかった。M氏と付き合いのある女性たちから出ていたのである。つまりM氏は、結婚詐欺師のようなものだったらしい。女性たちは主に日本在住であったが、タイでもある日本人女性がM氏に数百万円を渡していた。
M氏が女性たちから引き出したお金は、実際に会社設立などにも使われてはいたが、それ以外のどこかへ消えた金額も多かった。
ぼくとH君は、直接的な被害はなかったけれども、1ヶ月ほどの時間を無駄にしたことになる。特にH君は、他の仕事を止めるなど、間接的にではあるが、それなりの被害を受けてしまった。
ぼく自身は、1度だけH君とともに直接M氏に会った。シーロムエリアの日本料理店でである。他に、3人ほどの若い日本人も同席した。彼らは仕事とは関係なくM氏と付き合いがあり、ぼくらと同様にM氏に詐欺の前歴があることは知らなかった。
その席でのM氏は、たしかにどこか人間的魅力のある人物のようには感じられた。M氏は40代の半ばごろの年齢ではあったけれども、女性にもてたとしても不思議ではないキャラクターだった。もっとも、夢を語るようなこと、スケールの大きなことをしばしば口に出すところが、少々ひねくれているぼく自身には趣味が合わなかったし、また今となってはそれこそ詐欺師くさいようにも思える。
ただ、タイにおいては独立志向の強い人が少なくなく、ぼくは実業家という人種はそういうものなのかな、と、思ってしまったところがある。
また、その席でのM氏自身の語るところによると、彼は孤児だったそうであ
る。これも今となっては本当なのかどうかかなり怪しい話ではあるが、実際にタイの孤児院にも、何度かプレゼントを持って訪れたりもしていた。「信用できるいい人」を演出していたのだろうか。
ちょっと面白いのは、同席の若い日本人らもM氏とともに孤児院へ同行したことがあったとのことだが、子供たちは彼らにはなついてもM氏にはなつかなかったそうだ。
これらは、いかにも詐欺師らしい話にも思えるけれども、M氏がタイである程度は本当に事業を始めようとしていたのも事実らしい。
彼は、H君のスポンサーになるのとは別に、すでに実際にバンコクに会社を起こしていた。その会社はペーパーカンパニーではなく、現実にオフィスを構え、日本人とタイ人を雇って動き始めていた。H君とM氏が知り合ったのも、M氏のその会社がH君の会社へ名刺作成などの仕事を依頼してきたのが始まりであった。
M氏が拘束されたことで、すでにM氏のオフィスで働いていたスタッフたちは唐突に仕事を失うこととなった。
タイにいる日本人は、実際のところ、日本で会う人にくらべるとやはりクセの強い人は多いと思う。少々の変人ではタイでは目立たない。逆に、ごくごく普通の、まっとうな人のほうが珍しいかもしれない。とは言い過ぎだけど。
だからというわけではないけれど、在タイの日本人はたとえ同胞であっても一般に警戒心は強いと思う。簡単には人を、あるいはその人の言うことを信じない傾向があるだろう。それでも詐欺師の活躍する余地は十分にある。
それは、駐在員を除き、多くの在タイ日本人は組織に属し、組織に守られている存在ではないからだ。日本で貯めた金を持って、タイで一旗挙げようとやって来る人物などももちろんそうだが、現地採用として日系他の在タイ企業で働く人にも、いつかは独立を考えている人は多い。独立して事業を起こしていくには、もちろんのことリスクが付いてくるのだが、そこに詐欺師が紛れ込む場所が生じるのである(ただし、今回は基本的にはそうした事業詐欺ではなく、結婚詐欺ではあったけれど)。
しかし、それでも半分負け惜しみで言おう。そういう様々な人がいて、様々なリスクもあるからこそ、だからこそやっぱりタイは面白いとも思うのだ。
|