Vol.17  2000.2.15発行

 

一年の内もっとも爽やかな日が続く季節です。お正月気分がようやく抜けやる気が出てきたところに、今度は中国正月になってしまいました。タイだけでなく近隣の香港、マレーシア、ベトナムなど華僑の力が強い国では、長期休暇でビザ申請など様々な業務がストップしてしまい気を揉むシーズンでもあります。バンコクでは首脳会議が開かれるためオフィスの近くでは厳重な車両検査、道路封鎖が行われ最近珍しいほどの交通渋滞に出くわすこともあります。警察の警備活動は日本の機動隊そっくりです、アジア大会などスポーツイベントや、ASEANの牽引車として積重ねてきた経験と自信が混濁の社会から法治国家へ確実に変化してゆくのを感じます。そんなバンコクから今月は直送のニュースレターをお届けします。

(tsuki)

 先月号でもお伝えしましたが2000年2月22日と2並びの日を祝って??

GPA バンコクに

 Digital HDCAM HDW-700A

東南アジア地域の取材にハイビジョンもぜひ御活用下さい。

………     …

そして今月の特集は‥‥

■変化するカオサン

 「猿岩石」以降、急増した貧乏旅行を楽しむ若者たち。

 バンコクのカオサンは、そのような貧乏旅行者の集まる世界でも有数の安宿街です。

 バンコクのカオサンを始め、ホーチミンのファングーラオ、カルカッタのサダル・ストリートなど、この種の安宿街は一種独特な雰囲気を持っています。たむろするヒッピーじみた不良白人たちがかもし出す雰囲気で、真面目な人の多い日本人旅行者にはこのような安宿街の雰囲気を嫌う人も少なくありませんでした。

 ローカルの人々も、旅行者相手の職業に就く人や詐欺師などの類がほとんどで、一般の人々は少なく、また彼らも安宿街にはほとんど関心を持っていません。カオサンもほとんど外国人街となっており、よく「タイであってタイではない場所」と呼ばれていました。

 そのカオサンに、最近、若干の異変が起きています。

もちろん、安宿街であることには変わりがないのですが、集まってくる人々の種類に変化が見られるようになりました。

 

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 まず、冒頭に述べた、急増している日本人の若い旅行者たち。

 「猿岩石」の影響で、それまでのコアなバックパッカーたち意外にも、多くの「ごく普通の」若者たちがカオサンにも訪れるようになりました。彼(彼女)たちの中には、もちろん「猿岩石」や「深夜特急」の世界に憧れて、そうした貧乏旅行を志して来る者も多くいます。しかし、最近目立つのは、そうした貧乏旅行に特にこだわりのあるわけではない人たちです。

 

 バックパッカーの神様とも呼ばれる下川裕治氏は、今のバックパッカーのタイプを次の3つに分類します。

 まずは「ピュア・バックパッカー」。半年、1年、あるいはそれ以上の長期にわたり世界各国を放浪して歩く、従来からの純粋な貧乏旅行者です。長期の旅行が可能であるということは、必然的に、日本の社会では定職に就かないある種アウトロー的な存在である場合が多いです。

 「ディープ・バックパッカー」と分類されるタイプは、これもヒッピー・ムーブメントのころから存在するようですが、どこか気に入った国(安宿街)に居着いて動かなくなってしまい、安宿で無目的に非日常の日常を過ごす、もはや旅行者とは言えない沈没者のことです。もちろん、カオサンにも多く生息します。

 そして、一番新しいタイプが「カジュアル・バックパッカー」です。学校や職場の長期休暇を利用して、1〜2週間や長くても1ヶ月程度の比較的短い間、期間限定で貧乏旅行(の世界)を楽しむ旅行者です。日本に戻ればしっかりと通常の社会生活に復帰する、言い方を変えれば非常に要領の良いタイプとも言えます。

 最近カオサンに増えた若者たちは、「カジュアル・バックパッカー」とされるタイプです。しかし、なかにはさらに新しいタイプが登場してきました。貧乏旅行に特にこだわりのあるわけではない彼らは、もはや「旅行」という感覚はあまり持っていません。彼らは、カオサンに、バンコクに、単に「遊び」に来ていると言ったほうが近いでしょう。東京・渋谷のセンター街へ遊びに出かける、そのちょっと延長という感覚で。

 カオサンのメインストリートを練り歩き、ラーメン屋に集まってその日の行動を相談し、テクノ・ミュージックが激しく流れるバー・レストランで飲んで騒ぎ、同じ旅行者やローカルの女の子をナンパする(ナンパされる)。

 こうした彼らの行動は、日本にいるときとあまり変わらず、「せっかくの海外なのに」と考える向きもあります。しかし、海外だからと特に意識せず、自分の好きなこと、興味のあることを、そのまま素直に気負わず楽しんでいる彼らは、貧乏旅行の「スタイル」に捕らわれてしまっているような旅行者よりも、ある意味で「自由」であると言えます。

 

 先のバックパッカーの3つのタイプは、それぞれのタイプの持つ意識上でも分類することが出来ます。

 ピュア・バックパッカーは、日本を「出る」ということを強烈に意識している場合が多いようです。ディープ・バックパッカーの時代となると、日本を出て海外に行くことはそれほど珍しいことでもなくなりましたが、それでも日本へ「帰る」こと、帰るときが来ることは強く意識しています。日本の社会に復帰しなければならないことに不安を抱いていたりします。

 

 しかし、カジュアル・バックパッカー以降となると、日本を「出て」「帰る」ことに、ほとんど特別な意識がなくなります。海外旅行がごく普通のものとなり、日本と海外の壁がどんどん小さなものとなったのです。最近カオサンに「遊び」に来るような若者に至っては、海外も単に東京などの彼らの普段の遊び場の延長であり、別の見方をすると、日常の行動範囲をちょっと海外にまで広げたに過ぎないのです。

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 さらに、最近のカオサンのもっとも大きな変化は、普通のローカルのタイ人たちが遊びに来るようになったことです。

 これまでのカオサンは、タイ人にとっては、詐欺師も含めた旅行者相手の職業の人の仕事の場であるだけでした。たしかに、カオサンは世界各国の人々の集まるインターナショナルな場所でしたが、肝心のタイ人はそこから除外されていたのです。

 それが、今では、タイ人がカオサンに入ってくるようになったのです。

 カオサンがタイ人のものに戻ったというわけではありません。

 インターナショナルな場所としてのカオサンはそのままに、普通のタイ人たちがそれを楽しみにやって来始めたのです。

 

 それは、ほんのここ1年程度での変化です。

 きっかけは、もしかするとちょうど昨年4月のソンクラーン(タイ正月・水かけ祭り)であったのかも知れません。

 ソンクラーンの水かけ祭りは、特に北部のチェンマイなどが派手で有名なのですが、バンコクではバカ騒ぎ好きの白人の多いカオサンの盛り上がりが知られていました。

 そこに、ここ2〜3年、特に昨年のソンクラーンには、タイ人たちが大挙して押し寄せて白人旅行者たちを圧倒したのです。タイ人の異常な騒ぎぶりに、白人たちのほうが苦笑している有り様でした。盛り上がったオカマのカップルがストリートのど真ん中でセクシーなダンスを披露し、公序良俗を乱すと言うことでカオサンを管轄する警察署が「来年(今年)のソンクラーンではカオサンに集まり騒ぐことを禁止するかも知れない」と発表したほどです。

 今では、タイ人の女子高生たちが放課後にカオサンがウィンドウ・ショッピングをしている姿をよく見かけます。

 1年ほど前にオープンしたカフェ・レストランの「SIDE WALK」では、テレビのロケなどもよく行われています。この店は、もちろん外国人旅行者の客も少なくないのですが、夜になると若いタイ人のカップルやグループが多く集まってきます。

 「SUSIE」というパブは、内装はアメリカンなバーで、もともとはそのような雰囲気を好む白人向けだった店なのでしょうが、今では深夜は、客のほとんどはタイ人の若者たちとなっています。様々な個性的なファッションのタイ人たちが、DJの音楽にあわせて踊りまくり、内装とはまったくのミスマッチですが、店内はディスコと化します。

 ハーレーやBMW、Triumphsなどのバイク乗りたちや、色とりどりにペイント・改造したベスパにまたがるモッズ集団も、カオサンに集まってきます。

 なにが目的なのかはよくわからないけれども、家族連れの姿ですら珍しくありません。

 彼らにどうしてカオサンに来るのか理由を訪ねると、「安いから」「外国人の多い雰囲気が好き」などの答えが返ってきました。

 

 ファッション誌の「Katch」や「IMAGE」など、ローカルのタイ語雑誌でもカオサンを取り上げて紹介することが多くなりました。カオサンは、これまでのような単なるバックパッカーのための安宿街、外国人居留区ではなくなりつつあります。

 

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 ところが、カオサンで見かける日本人の数の多さとは対照的に、日本人からよく聞かれるのは「カオサンは嫌い」という声です。

 もちろん、好き嫌いなんてものは個人的なものですから、カオサンが嫌いであってもまったく問題があるわけではないのですが。

 

ハナから貧乏旅行という行為自体を理解できないような、特に中年以上の人々がカオサンを嫌うのは、当然といえば当然でしょう。そうした人々は、貧乏旅行自体を危険きわまりないもの、あるいは汚い身なりの旅行者を日本の恥などと思っているようです。

 

 しかし、貧乏旅行者の中にもカオサンを嫌う人は多くいます。単に「好きではない」だけではなく、積極的に嫌悪し、馬鹿にする人も少なくないのです。

 「外国人が多い」

 「カオサンはタイじゃない」

 などという理由によります。

このような理由の中に、やはりどこか「旅とはこうあるべきだ」「本当のタイとはこういうものだ」というような、形を求める日本人の性質が見え隠れしているように思うのは気のせいでしょうか。

(Akira)


第5話

 

 

第5話

 

 

海外で取材する場合、一番イヤなことは何か?

人跡未踏のジャングルで野宿すること?

それは苦労はするけど楽しい。

実弾飛び交う戦場で撮影すること?

アドレナリンが肉体の内部から沸き上がって興奮するけど、好き嫌いの問題ではない

電気の無いところで、電気を使うビデオカメラをまわすこと

  今は軽い発電機も開発されて楽になった。・・・・・・・・・

 これは個人個人によって意見も分かれることなのだが、私が一番イヤだと感じ、いつもイライラとすることは、当該国への取材許可申請と取材ビザの取得である。現地にさえ入れば、いろんな障害がでてきても、それをクリアーして行くのは、直接に顔を付き合わせてできることなので、逆に取材の醍醐味でもある。現地に入るまでの当該国官僚との折衝は、いつも不毛の労力に思えてきて、イヤになる。

旅行するときに取得する観光ビザ、ビジネスをするためのビザ、留学するためのビザ、いろんな種類のビザがあることは、皆さん御存知の通りである。ジャーナリズト・ビザや撮影ビザが意外と厄介だということは御存知だろうか。特に旧東側社会や東南アジア諸国には古い因習が残っていて、とても混乱している。長い間、旧東欧圏や東南アジアなどでは、テレビ、ラジオ、新聞は自国の宣伝をするための機関であって、政府の汚職を糾弾したり、社会悪を暴露したりする機関ではなかった。西側社会のジャーナリストたちには、体制批判こそがジャーナリズムの本道とばかりに権力や行政を批判的に見る習性がついている。こうした西側社会のジャーナリストが東側に入れば、批判的な記事のオンパレードになってしまう。スパイの隠れ蓑として、記者の職業が使われていたこともある。東南アジアでは東西冷戦というよりも、欧米のジャーナリストがくれば「人権侵害」、「社会的弱者の虐待」、「汚職や腐敗」、「軍の独裁」とアラを探すことばかりで、為政者から見れば西欧のジャーナリストは高みから見下すような記事ばかりで腹立たしいだけの存在だった。かくして非常に複雑で時間のかかる手続きがジャーナリストの入国に課せられてきた。それはジャーナリストから敷延して一般メディアに対しても同じである。現在では、緩和されてきているのだけれども、まだ因習は残っている。

インドネシアがワヒド政権になって、情報省が廃止された。いままで情報省は現地メディアに対しての検閲、取締り機関のような役割とともに、外国メディアや撮影班が入国するときの審査や行動チェック機関として存在していたから、廃止されたことに拍手喝采したメディア関係者は多い。ビザを申請しても情報省の係官の判断次第だから、係官には利権のようなものが発生し、係官の機嫌を損なわない様に食事に誘ったり、ビザの発給の交換条件に「コーヒー代」を渡す習慣までできていた。コーヒー代を渡すジャーナリストは「小さな悪より、大きな正義」と自己正当化して、入国後はコーヒー代を取り戻すべく、より悪意に満ちてスハルト政権糾弾に加担したようだ。なにしろ国の政策としてジャーナリストは国益にならないから、できるだけ入れないという方針がある。インドネシアのスハルト体制を規範と考えるビルマの軍事政権は、その方針がより先鋭化してきている。直接に現地情報省で交渉する術の無い人は、住居地のインドネシア大使館に煩雑な書類を用意して取材ビザ申請をする。大使館員は書類を本国の情報省に送り、情報省係官の認可を待つ。現地の係官にして見れば、こうした正規の申請では「コーヒー代」が稼げないので、机の上に書類を放り投げたままで、いくら催促されてもナシのツブテを決め込むのである。かくして申請後1〜2ヶ月も待たなければビザがでない。ジャーナリストだけでなく、映画、ドラマ、など撮影、取材に関する許認可権が情報省にあるわけだから、その利権は相当なものである。撮影ビザを取るための斡旋業が成立するほどである。雑誌カメラマンやペンだけで取材できる人は、情報省を無視して入国し、後にブラックリストに載せられるような意地悪をされる。スハルト退陣時のジャカルタ騒乱のときに情報省に石を投げたメディア関係者も多くいたのではないか、と思っている。

さて情報省が廃止されて、どうなったのか。国内メディアへの検閲などは大幅に改定された。廃刊命令を受けていた雑誌なども復活した。外国メディアの受け入れは外務省管轄に変わった。ところが、情報省情報局から外務省情報局に名前が変わっただけで職員も事務所も昔のままである。綱紀粛正はトップ・クラスだけで、体質はあまり変わっていないという。東京でビザを申請すれば以前同様最低4週間はかかるという。表立ってコーヒー代を請求されることは無くなったが、やはり、コーヒーを飲ませるか、飲ませないかで、1ヶ月の差があるという。スハルト退陣時で影響力の大きさを知ったCNN、BBCなどの大手メディアには、「コ・・」の字を飲み込んで出来るだけ早くビザの対応をするようになったが、弱小メディアやフリーランスに対しては意地悪が露骨らしい。

ある仕事で、2月にインドネシアでビデオカメラを回すことになった。当然、撮影ビザが要求される。しかし、出発までには2週間ほどしかない。かつてから見知っている係官たちは何人かいる。これからキツネとタヌキの化かし合いのようなヤリトリを繰り返して、「コ・・」の字を出さずに、早くビザを発給させる方法を考えなければいけない。方便の嘘もつく。そのためのバンコク〜ジャカルタ間の電話代の方が、「コ・・」代よりも高くつくのだが、・・・。

出発までのイヤな日々が続く。

次は取材で楽しいことを書くべきですね。

(MK) 


 

ひさびさに…… ちょっと聞いた危ない話

 

 久々にバンコク事務所にきてみました。織笠カメラマンなぜかドイツロケ中。私が来るのを待っていたかのようにアブナイおやじからの電話!

日本女性が空港から覚醒剤《ヤーバー》1300錠を下着の中に隠し持ち出そうと密告によって捕まり日本の新聞週刊誌に載ったのが約1ヶ月前。タイでは13万バーツ(約39万円)日本へ持ち込めば2000 万円で取り引きされる量である。  

その後、警察は彼女の自白に基づきアパートを家宅捜査を行いさらに隠していた《ヤーバー》を700錠押収、その家にいたタイ人女性とミャンマー人2名も逮捕。3月下旬には裁判が開かれます。法律では0.5gを所持していただけで5年以上15年間のムショ暮しをしなければなりません。

保釈屋についてはニュースレターで以前、紹介しましたが、その保釈屋さんの出番がやってきました。とある保釈屋が早速、日本の両親に女性を釈放して欲しければ保釈金?00万円を持ってきなさいと連絡をとったところそんな金は無い!煮ても焼いても結構と答えたと伝え聞いていた。

警察は背後関係を調べるべく毎日尋問をしていた、そんな中に登場してきたのが日本の警察を名乗る人物。「日本での背後関係を話せば日本に返してやる罪も問わない」。まるでアメリカの司法取り引き、海外では日本の警察も司法取り引きokなのかな?彼女は信用して良いものか判断を迷ってしまい。再度保釈屋を通じ日本の親元に連絡しました。血を分けた絆は断ち切れず母親と弟がこの1月末にやってきました。母親と相談していると今度は麻薬取締官が、後ろで糸引くのを話しなさいそうすれば情状酌量で仮釈放してやると、持ちかけた。そこで彼女はついに日本人2名のやくざの名前を喋った。ここで慌てた保釈屋は警察の中の顔役に仮釈放しないでくれまだ金を受け取ってない、ちょっと待ってほしいと働きかけ、彼女の母親に「金はまだか保釈できないぞ」とおどす毎日が続いた。しかし、日本で大きく報道されたことしった警察の顔役は保釈すると逃亡の恐れあるし、下手をすると背後の人物に消されてしまう可能性が出てきたためか方針変更、裁判をしなさい罪を軽くするため検察に働きかけましょうと言ってきた。

そんな中に今度は日本人ジャーナリストを名乗る人物が番組にしたいからと毎日のように差し入れを持って訪れてきました。数日後弁護士とともに接見し、保釈金をはらってあげます、そして陸路ミャンマーに逃亡を助けミャンマーで新たに偽造パスポートを作り日本に帰れるようにしてやります。そのかわりドキュメントとして取材させてほしい。本当に日本のテレビ局に売るつもりなのでしょうか、すべて明らかになれば番組が潰れるような大スキャンダルに発展してしまうことを平気で話す。これは何か裏の事情があるとばかりに警察はこのジャーナリストに尾行をつけています。背後は日本のヤクザかタイ麻薬マフィアなのかそれともミャンマー?番組か??

裁判はもうすぐ始まります。彼女と母親、弟はなにを信用して良いのか迷います。そこで麻薬捜査官との尋問の際に通訳を勤めたアブナイおやじに相談しました。アブナイおやじは私にヤクザ2名の逮捕の瞬間を隠し撮りテレビ局に売れないものだろうかと持ちかけてきました。

こんな話危なくて近づけません。

 女性は日本に麻薬を持ち込み報酬を受け取ろうとした罪の報いとはいえ、この後どうなって行くのでしょうか興味はあります。タイの刑務所は食事はまずく、そして暑さで地獄の様だとか聞きます。

 3月には父親が ****万円持って訪タイするとか、このアブナイおやじに金を預け裁判終了から刑期満了までの差し入れや仮釈放、恩赦はお金で買えると聞くこのタイでなんとか娘を助けてもらえるように面倒を見て欲しいと懇願してます。いったい、そのお金は何処に消えて行くのでしょうか?

私に伝わってきた、この情報が本当に正確かどうかは定かではありませんがこんなどろどろに巻き込まれないような用心が必要なバンコクです。

(tsuki)


 

虫の缶詰ノ新発売!!!

コオロギ、バッタ、カイコ、赤蟻の卵などの色々な種類の虫は高タンパク質低カロリーの健康食品として大ブーム、サコンナコーン農業研究所はそれらの虫を缶詰を実験発売。売れいきによっては輸出することもあるという。(タイラット紙)

タイの楽器をまねた竹サキソフォンを製造販売

 

ベルギーではタイ北部の楽器をまねた竹サキソフォンを製造し、世界中に輸出する予定です。竹で作られたサキソフォンは金属で作られたサキソフォンより軽く、音の質や強さもほとんど変わりません。タイで作られる竹サキソフォンは1つ3,600バーツ(約1万円)で販売されている。(タイラット紙)

世界中からカップルが集まり水中結婚式!!!

トラン県は2000年を祝賀するために世界中からの30カップルを招待して水中で結婚式を行う。世界一参加者が多い水中結婚式としてギネスブックにチャレンジします。このイベントは12日〜15日に開催され、県内から30カップルを乗せて行列するために30頭の象を用意する。14日バレンタインデーに500隻の飾られた漁船でグラダーン島へカップルを送って水中で結婚式を行う。

(タイラット紙)

タイの男性は中国の女性に人気、その原因は…?

 最近の中国女性の間でタイに入国してタイ人と結婚することがブームとなりつつある。その原因はタイには中国系が多く、同じ中国系の人と結婚しても違和感を感じない、そして重要なことはタイの国籍を取りやすくなることです。結婚の行程も簡単で、タイに来たら旅行会社に連絡し、200,000バーツ(約60万円)を払えばすぐ結婚相手のタイ男性を探してくれ、結婚式も行ってくれるとのことである。(タイラット紙)

水牛の学校

チェンマイには「タイ水牛村」と呼ばれる水牛の学校がある。ここでは田を耕すことなどを水牛に教えている。70歳の老人が色々な形で水牛に乗るショーもあり、水牛に乗りながらタイの伝統的な音楽を演奏するバンドもある。

(デリーニュース紙)

田舎から来た象をセンターに

バンコクへ出稼ぎに来た象使いと象は田舎に送り帰される間、2月14日からは象センターに入れられる。またバンコクへ象を連れて来ることも禁止になる(過去に何度も)。今までに象は様々な事故に巻き込まれた、象は交通渋滞の一つの原因でもあることから実施される。象センターは象ショーを行う博物館になる予定もあるという。(タイラット紙)

 

X'JAPANのヒデの死を忘れられないファンが自殺!!

2年前死亡したX'JAPANのヒデに熱狂した15歳の女子高生はマンションから飛び降り自殺。親友の話によると、ヒデの死の後から彼女と4〜5人の親友は1ヶ月も黒い服を着て、誰の音楽も聞かなかった。彼女の自殺の原因はヒデを忘れられないためと考えられている。(タイラット紙)

 

女性タイボクシング世界チャンピオンは初めての外人

22歳のアイルランド女性は、昼間は英語の先生、夕方からはタイボクサーに変身。たった6ヶ月でタイボクシングを学び世界チャンピオンになった。最近タイボクシングを学ぶ日本女性も多くなっている。(シーウィットンスー誌)

 

3日間連続で映画を見続ける

UBCケーブルテレビとEGV映画館は2月18日〜20日「3日間連続で映画を見続ける」試合を行う。40の映画作品を3日間連続で見るために500人の参加者を募集中。最後まで映画を見られた人は10万バーツ(約30万円)およびEGVの一年間映画無料券をもらい、さらにギネスブックにも新しい記録を登録してもらう。(シーウィットンスー誌)

 

携帯電話で命取り

サケオ県で乗用車が電柱にぶつかり、運転していた女性が焼死した。被害者の夫の話によると、事故の前、携帯電話で連絡が入り、もうすぐ家に着くと言っていたところ、突然途切れたというもの。このこともあって、運転中の携帯電話使用を禁止する条例を検討中。(the Voice Mail)

 

一つで4ヶ国を旅行できるビザ?

バンコクで開催されているアセアン・ツーリズム・フォーラムで、タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマーの4ヶ国は観光促進を目的とした「ゴールデン・トライアングル」キャンペーンを実施することに合意した。内容としては、一つのビザで4ヶ国を旅行できるようにすることなどが検討されている。一方、ベトナム政府は「ベトナムも仏教国の一つであり、このキャンペーンに加えられるべきだ」と参加を要求している。(バンコク週報)

 

世界最大の龍が出現!

 60年に1回しかやってこないというマンコ−ントーン(金龍)年、庚辰をお祝いするブロンド製の長さ44メートル、高さ6メートルという世界最大の龍を、ザ.モール.バンガピ店で披露した。この記録はギネスブックも載る予定。約4ヶ月の展示なので、一度お目にかかりたい方はどうぞ。(the Voice Mail)


 

1. 光る波!        日豪共同制作プロジェクト提案第1弾

1995年8月の満月の夜、ある海岸で波が立ち上がるたびに全面が腕時計のルミネライトのように青く発光するという現象が起こりました。最初に気づいたのはそこで波乗りをしていたサーファーでその現象は日没から1時間半にわたって続きました。これは夜光虫などの生物が光りを放つバイオルミネセンスという現象ですが、このように大規模に起こるのは珍しいそうです。この発光現象は見事ビデオに収められましたが、調べてみるとこういう現象が起こるところは世界にはいくつかありドキュメンタリー化したいと考えています。

 

2. 動物ドキュメンタリー  日豪共同制作プロジェクト提案第2弾

H氏は30年以上も野生動物のドキュメンタリーを撮り続けている人。凄いことにカメラはおろかシナリオからBGMの作曲、ナレーション、CG、編集まで全部ひとりでやってしまう。同氏の評判を聞きつけて最近は多くの動物カメラマンから撮りためたビデオテープの束が持ち込まれるようになり、彼はこうした素材テープを作品にしてディスカバリーチャンネルやBBCに渡していますが、現在、ウエットランドに棲む鳥レンカクや世界でもそこにしかいない珍しいフウチョウの素材を預かっており納品先を探しています。いずれもカメラマンが3年もかけて撮影したもので貴重な映像がたくさん収められています。

 

3. 消えるカエルの謎

世界的な規模でカエルが地球上から姿を消し始めているのをご存知だろうか?オーストラリアでも最も自然が守られているとされる熱帯雨林で7種類ものカエルが絶滅寸前にあることが分かり、世界に先駆けて調査が始まった。当初、この原因はカエルの表皮に寄生する菌による伝染病ではないかと考えられたが、この菌類は同地域で影響を受けていないカエルからも発見され、その後高山地帯と流れのそばに棲んでいるカエルが最も影響を受けているらしいことが分かってきたが、超小型発信器をカエルに装着してさらに調査が進められている。世界的な異常気象が原因とも考えられついにNASAも調査に乗り出した。

 

4. 双子の白ワラビー

カンガルーと一口にいってもその種類は多様で、大きさによってワラルー、ワラビーからネズミ・サイズのベトングなどに分類され実に42種類にものぼる。カンガルー類は通常一度に1匹の子供しか生まず、双子が生まれることはめったにない。ところが昨年、オーストラリア南部のある島で双子のワラビーが発見された。しかもこの双子の毛の色は白。ただでさえ珍しい双子なのに白いワラビーとなると、その確率は天文学的にまれ。この白い双子のワラビーの赤ちゃんは今もお母さんの袋のなかですくすくと育っているそうだが、お母さんは大変だろうな。袋もその内狭くなるだろうし、ケンカをしないようにね。

 

5. レフトハンド・クラブ

オーストラリアのパブにはユニークなところが多いがここもそのひとつ。レフトハンド・クラブはその名前が示すように、客は水曜日以外はグラスを持つのに左手しか使ってはいけない。これを破ると厳しい罰金が課せられる(とは言っても数十セントだが)。この他にも「イエスと言ってはいけない日」(この日は同意の意味でうなずいてもいけない)「(シット!とか)汚い言葉を使ってはいけない日」などが突然決められ、破った者には容赦なく罰金が課せられる。このルールは1942年に始まり、もともとは戦争遺族への寄付金を集めるために行われたもので、現在でも罰金は老人ホームなどへ寄付されている。

 

オーストラリア情報は提携コーディネーター担当ミノワまでどうぞ。

TEL : +61-7-5571-2725, FAX : +61-7-5571-2726, E-mail : opworkvs@fan.net.au


 

2月18〜20日

ナラーイ大王のライト&サウンド(ロッブリー)

 アユタヤ王朝第27代目のナラーイ大王の時代はヨーロ  ッパとの貿易が盛ん。毎年2月ロッブリー県の人々は大王を偲び王宮跡でタイドレスを身にまとい、ライト&サ ウンドのショーを繰り広げる。

2月19日

マーカブージャー(全国)仏教上の休日

1月〜6月    

タイ文化際(ルムピニー公園:バンコク)

4地方からの村の伝統的なショーが行われる。

2月26日〜4月10日 

 タイ民族のスポーツ・フェスティバル

(サナーム・ルアン:バンコク)  2000年祝賀のイベント。

3月

水上マーケット&ぶどうフェア

タイクッキング、水上ボクシング、ボートなどの様々な試合が行われる。(ダムナンサドゥアク、ラチャブリー)

3月

ASEANハトフェスティバル(ヤラー)

東南アジアの国々からのハト愛好者が集まる。

ハトの鳴き声を競うコンテストがイベントのメイン。