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(Akira)
社会の発展した結果か日本では、人の生き方もある程度規格化されてしまっているようなところがあります。もちろん、人それぞれの人生ではありますが、ある程度将来の見える、あるいは将来設計の出来る生き方をしている人がほとんどでしょう。
タイでは、まだまだ「一寸先は闇」という言葉が似合うような人生をおくっている人も少なくありません。もちろん、安定した人生を望むのが自然な心理ですが、将来の見えない生き方にこそ、たくましい生命力が感じられる部分もあります。
今回は、あるタイ人女性3人の半生を覗いてみましょう。登場人物の名前は仮名です。
■オーム(20)の場合
オームは、タイのイサーン(東北)地方の都市ウドンタニに生まれ育ちました。
イサーンは一般に貧しいところと言われていますが、少なくとも都市部は、現在ではかなり発展しており、表面上は人々の暮らしもバンコクと大差はなく、貧しさを感じることはそれほどありません。
オームが幼いころに両親は離婚。オームは、母親とその再婚相手のもとで育ちました。
オームの母親はウドンタニ市内で飲み屋を経営しており、オームも14、5歳のころから店を手伝っていました。オームの仕事はレジと、そして客にフルーツを売ること。フルーツを売った収入はすべてオーム自身のものとなったので、多いときには一晩で500バーツと、かなりの収入となります。そのため、高校のころには自分の収入でタイではまだ高価な携帯電話も買い、またディスコなどでの夜遊びもするようになりました。
初めて恋人が出来たのはそのころです。26歳になる地元の資産家の息子と知り合い、付き合うようになりました。
日本ではちょっと考えられないことですが、彼氏から三菱の乗用車も買ってもらい、学校へも車で通学していました。もちろん無免許ですが、親も学校側もそれをあまり問題にしなかったのか、日本人としては不思議なところです。
ディスコ遊びも相変わらず頻繁でした。やはり機会があってのコネで、ホテルの部屋を安く使えたため、夜遊びのあとも家に帰らず友人とホテルへ泊まり、そこから学校へ行ったり、あるいはさぼったりという生活でした。ホスト遊びのようなことも、すでにしたりしていました。
貧しいといわれるイサーンでも、日本のコギャル顔負けの遊び方をしているタイ人もいるのですね。
オームは、そうした生活を半年ほどしていましたが、ディスコで知り合った別の男性を好きになってしまいます。相手は18歳の中華系のタイ人でした。
前の彼氏とは結局しばらくして別れ、車なども返しました。
新しい彼氏はベトナム系で、両親が難民としてタイに来て苦労してかなりの資産を築いたのですが、彼自身にはほとんど収入はなく、したがってオームも、以前ほどには派手に遊ぶことはなくなりました。
オームは、将来も彼と一緒になりたかったのですが、彼の両親がオームを気にいらず、また彼も相当の遊び人であり、オームと付き合うようになってからも浮気を繰り返していました。もっとも、オームのほうでも相変わらずディスコ遊びを続けていたのですが。
そして、オームが17歳のときに、彼氏との間に子どもが出来ます。
彼の両親はやはりオームのことを認めておらず、彼と結婚することはほとんど無理だったのですが、オームは子どもを産みます。
しかし、ちょうどそのころ、不景気のためオームの母親の経営する飲み屋がつぶれてしまい、一家の収入源がなくなってしまいました。
すでに母親と義父は別れてしまっていました。オームの姉は結婚していましたが、その相手もオーム一家の暮らしを助けられるほど裕福ではありません。妹はまだ中学生です。
そこで、オームが学校を辞め、日本でいう援助交際のようなことをして、一家の家計を支えるようになりました。ディスコなどで声をかけてきた男性とホテルへ行き、1晩ともに過ごし、数千バーツをもらうのです。
実は、同じようなことは以前から遊ぶお金欲しさにたまにしていたのですが、今度はそれが一家の生活の糧となってしまいます。
このようにして、2年ほど経ちます。
今は、母親も新しい男と再婚して別の場所で暮らしており、妹も仕事に就きました。オームの負担もいくらかは軽減しました。母親・妹・子どもと、一家の生活のすべてがオームの肩にかかっていたころには、その重圧に悩み苦しんでいた時期もあったようですが、それもある程度には落ちつきました。
彼氏とは、子どもが生まれて1年ほどになるころに別れてしまいましたが、彼女はまだ20歳、ちょうど色気ついてきた妹と自分に気のある男の自慢をしあったりなど、あいかわらずのところもあります。
ミアノイ(愛人)にならないかとう話も来ているようですが、受けるつもりはないようです。
■エイ(33)の場合
今年の夏、エイは留学先のアメリカ・サンディエゴで知り合った日本人男性と結婚しました。現在、2人が暮らすコンドミニアムの内装を考える日々を過ごしています。
バンコクの医者の娘として生まれたエイは、4分の1中国人の血が入っています。 名門・チュラロンコーン大学には受験で落ち、帰国子女の多いことで有名な私立アサンプション大学に学びました。卒業後、一度就職するものの、2年ほどで辞め、アメリカのコロンビアにある美術大学に留学しコンピュータ・グラフィックスを専攻していました。その後、さらにMBAを取得するために学んだサンディエゴで、今の主人となる日本人男性と知り合い、付き合うようになります。
卒業して、エイはバンコクに、彼は日本へ帰国することになり、一時2人はあまり連絡を取ることがなくなります。エイは、イギリス資本の広告代理店に就職し、最終的にはコピーライターの仕事をしていましたが、それも2年ほどで辞めてしまいました。
ちょうど、たまたま日本人の彼のほうが駐在としてバンコクに赴任することになり、2人の関係は復活し、そして結婚することになりました。
エイは、すでに学生時代に両親を亡くしており、バンコクで1人暮らしをしています。
親が裕福であったため、特に仕事をしなくても十分生活できるお金はあります。
いえ、生活できるどころか、昨年にはすでに自分用の車としてゴルフがあるにも関わらずベンツSLKのAMGを購入、趣味でもあり専門でもあるコンピュータ・デザインのため最新型のマッキントッシュも何台も所有しています。そして今度2人で暮らすことになるコンドミニアムも彼女が現金で一括購入したのでした。
やはり若いころから1人暮らしであるエイは、あまり誰からの干渉も受けない自由な生活をしていましたが、夜遊びの類は大学時代から付き合いでする程度でそれほど好きではありません。
ただ、なにかの機会にタイ国内・国外問わず旅行をすることは多くありました。 エイが好きなのはマンガです。日本の少女マンガをタイ語に翻訳したものを、33歳となった今でも好きで、よく購入して読んでいます。
エイは今のところ、特に仕事を探してはいません。彼女の持つ財産も無限ではあるはずがないのですが、株式投資などの資産運用にも興味はないようです。ただ、子どもは早く欲しいとのこと。
エイの生き方は、日本人とそれほど変わりがない、ある意味で波乱の少ない生き方といえます。しかし、やはり裕福に育っているせいか、あるいは性格であるのか、かなりの鷹揚さ、気楽さを感じることが出来ます。
■ノイ(29)の場合
ノイは、厳密にはタイ族ではありません。
広い意味でのタイ族ではありますが、バンコクを中心とするタイ国内のタイ族とは違い、タイ北部からビルマのシャン州、中国雲南にかけて多く住むタイヤイという民族です。一般にはシャン族と呼ばれます。
言葉は、いくらかタイ語に近い部分もあるタイヤイ語、文字もオリジナルのタイヤイ文字を使いますが、文字は女性には教えないという習慣を持っています。
ノイの生まれたのも、タイ国内ではありませんでした。
ビルマのシャン州にある、湖のほとりの山岳少数民族の交易の町、チャイントゥンの近くの村で生まれています。
ノイの幼いころ、彼女の村は、シャン独立軍を率い、また麻薬王とも呼ばれていたクンサー将軍の支配下にありました。クンサーの軍は、ビルマ政府軍と戦争状態にありましたが、ノイの村からも多くの若い男性が兵士としてクンサーの軍に徴用されていました。
ある日、戦争に嫌気がさしたノイの一家は、脱走を試みます。
深夜、一家の男たちは村の武器庫から銃を奪い、脱走して山を越えて行きました。
そこで、ビルマ政府軍の兵士たちに発見され、一家は抵抗の意志のないことを両手を挙げて示し、降伏します。
ビルマ政府軍は一家を歓迎し、タイ国境の町タチレクから10数キロ離れた場所に、家と畑を一家に提供しました。
今でも、そこはタイヤイ族の村となっています。
このようにして育ったノイは、まともに学校教育を受けたことはありませんでした。 そもそも、現代社会的なものとはほとんどかけ離れた生活でした。
たとえば、カレン族とリス族の村の間で抗争があり、破れたリス族の村人たちを彼女たちの村で養ったりなど、非常に原始的な部分を持つ暮らしでした。村を脱走し、ビルマ政府軍に投降したときにも、ビルマ兵の呼びかける「ハロー」という英語を、一家の誰もが理解できなかったほどです。
16歳のころ、ノイは一度結婚しています。
彼女の村は男女の倫理について厳しく、本来結婚するまでは2人きりのデートも認められないのですが、それでもノイの夫となった男性はじきに浮気をし、結局1年ほどして2人は別れます。
その後、ノイは、タイ国内へと出稼ぎに来るようになります。
出稼ぎの理由は、やはり現金欲しさです。
彼女の村はタイ国境に近く、タイ国内のメーサイまで行けば、田舎とはいえ多くの物品が市場に溢れています。また、さらにチェンライまで足をのばせば、若い男女にはディスコなどの夜遊びの誘惑が待ちかまえています。
これらの物欲や快楽を満たすには、現金が必要です。
ビルマ国内で農業をしていても大した稼ぎにはならないので、タイ国内で出稼ぎへ出るのが彼女の村のブームのようになっていました。
ノイははじめ、知人のツテでバンコク郊外の工場の工員として働いていたようですが、例によってじきに水商売へと流れていきます。そして、ある程度お金が貯まるとビルマへ戻り、お金がなくなると再びバンコクへ出てくる、というパターンを繰り返します。
やはり、ノイもまだ20歳前後で若いので、実家のあるビルマへ戻っても遊んでしまうのです。バイクを買っても、ディスコ帰りの酔っぱらい運転で事故を起こして全損させたりと、「出稼ぎまでもして苦労する貧しい人々」という日本人のイメージとはどうも異なります。
ノイは、タイ国籍を持っていないので、当然そのあたりでもトラブルがあります。 実際、バンコクで警察に捕まり、1ヶ月ほど留置所暮らしをしたこともありました。今では、バンコクの警察官にも知り合いが出来、そうして捕まることはほぼないらしいですが。
ノイがビルマの実家へ帰るにも、ちょっとした苦労があります。
北タイは、ビルマからの不法入国者やあるいは麻薬を取り締まる検問が非常に多いのです。そのため、ノイは、タイ国境のメーサイに住む警察官の知人に、バンコクまで車で迎えに来させます。そして彼の車に同乗し、検問のたびにその警察官が話を通し、ビルマ国境まで戻るのです。もちろん、無償と言うわけにはいきません。
バンコクとビルマをこのように行き来しながら10年が過ぎました。
ある政治家のミアノイ(妾)の1人となったことや、若いタイ人とほとんど結婚同様の同棲生活を数年過ごしたこともあります。その間に、故郷の村の家も新築しました。
水商売はいやということで、あるホテルの下級従業員をしていたこともあります。マネージャーに目をかけられ、異例にレセプションの仕事に抜擢されたりしましたが、逆にチップがなくなり結果的に収入が減ったため、辞めてしまいました。
ある程度若く、そして美貌を持っている女性であれば、タイでは遊んだりするお金はほとんど必要ありません。ほとんど男が払ってくれます。
ノイも、ビルマの山岳地方の田舎の出身ですが、バンコクで10年も暮らす間にそうした経験を多く持ち、たとえ高級ホテルのレストランでもまったく物怖じすることなく慣れたものです。
しかし、そうした遊びや食事などには、ノイは今ではあまり興味がなくなったようです。今は、バンコクで小さな店を持つためにお金を貯めています。
タイ人の生きかた‥‥
このように、それぞれ出身の異なるタイ人女性の半生を見てきましたが、エイのように中流以上の出身の場合は、日本人とそれほど変わらない生き方をしている感じです。 しかし、3人に共通しているように思われるのは、彼女たちの人生においてどうも「運」の要素が強いように感じる点です。言い替えれば、自分で運命を切り開くと言うよりは、運命の流れにまかせている感じです。決して彼女たちが行動的ではないとは言いきれないのですが。
また、彼女たちは日本人にくらべても自由に生きているにも関わらず、その生活のベースは「親」や「男」の存在、もっと厳密にいえば親や男の「お金」に頼っている部分があるのも面白い点です。
基本的には3人とも行き当たりばったりに生きているように思えます。しかしそんなタイ人の生きかた、どこか明るさが感じられます。
Akira
第4話
今年はタイで新憲法のもとに総選挙が行なわれますが、その前哨戦がすでに始まっています。
政治腐敗を解消する目的で編纂された新憲法の選挙の大きな変化は、いままで推薦制だった枢密院議員が公選制になる点です。タイも二院制をとっており、枢密院と下院に分けられています。いままで枢密院議員は、元陸軍大将とか、王室関係者とか、タイの貴族侯爵階級を形成する人たちで構成されていました。公選制にすることで彼らの既得特権を弱めようというのです。衆目に頭をさげて議員になる必要なし、と立候補登録をしない枢密院議員もいます。逆に枢密院議員になれば特権と利権を手に出来る、と金をばら撒いて何としてでも議員になろうとしている立候補予定者もいます。新憲法の意図とは、まったく逆です。
さて下院の方も総選挙を睨んで、昨年末から与党と野党で激しいつばぜり合いが繰り広げられています。元首相で野党党首チャワリット氏から、真実なら世界的スクープになる爆弾発言が飛び出しました。
「98年にカンボジアのフンセン首相を暗殺しようとしたカンボジア人ソック・ヨウンとタイのスリン外相は関係を持っている。このソック・ヨウンらテロリストは、ケニア・タンザニアの米大使館爆破の首謀者とされるイスラム原理主義過激派オサマ・ビン・ラディンと連絡を取りあい、10月に起こったビルマ大使館占拠事件の学生グループに武器供与し、タイ石油爆発事件にも関与している」と国会で朗々とぶちかましたのです。そしてソック・ヨウンとカンボジアの野党党首サム・リャンシーとが電話でスリン外相のことを話しているのを盗聴録音したテープを証拠として提出したのです。元陸軍最高司令官で首相も経験したことのある野党党首が国会という席上で代表質問しているのですから、普通なら重大事件です。このチャワリット発言の数日前に、オスマ・ビン・ラディンがタイ・ラオス国境近辺に潜入してバンコクとプノンペンの米大使館爆破を計画している、という噂が流れていました。タイ外務省は、CIAや世界の諜報機関に打診してもそのような情報は確認できない、単なる噂に過ぎないと発表していたばかりです。何せアメリカが史上最高額の5百万ドル(5億円あまり)の懸賞金を掛けているビン・ラディンですから、私なんかは一攫千金を得た後はタイで余生を楽しむばかりと、獲らぬタヌキの皮算用をして血眼になって情報を集めました(でもCIAやタイ軍情報部にかなうわけはありませんが)。チャワリット発言のリアクションは連日紙面を飾るのですが、記者たちの反応は冷めています。次の選挙戦を睨んだチャワリットのパーフォマンスであるというのがもっぱらの見方なのです。
チュアン政権やスリン外相は「根も葉もない作り話」として相手にしません。次に飛び出したのが陸軍の経営するテレビ局チャンネル5でソック・ヨウンの告白インタビューが放映されたのです。チャワリット氏が陸軍にいまだ影響力を残しているのは知られていますが、それを誇示するかのような放送です。しかし、このインタビューの映像が非常に不自然なところから、ソック・ヨウンの発言内容は強要されたものであることを疑う人の方が多いようです。パーフォマンスをすればするほど信じてもらえず空回りになってしまうチャワリット氏は、新聞紙面では道化師のような扱われ方になってきました。
しかし、チャワリット氏に援軍が現れたのです。カンボジアのフンセン首相です。盗聴テープや告白インタビューのようにソック・ヨウンが犯人とされる暗殺未遂事件にサム・リャンシーが深く絡んでいるのなら、政敵を叩く良いチャンスです。UNHCR(国連高等難民審議官事務所)で難民資格を与えられているソック・ヨウンの逮捕状をタイに要求したいとフンセン首相が発言しはじめました。タイ政府はソック・ヨウンはUNHCRからすでに難民資格を得ており、暗殺事件犯ということではなく、入管法違反ということで軍部が拘留しているだけだと答えています。
だいたい98年のフンセン首相の暗殺未遂事件は、フンセンが狙われたのか誰が狙われたのかハッキリせず、カンボジアのお歴々の車列に迫撃砲が撃ち込まれたものです。犠牲者は沿道で車列を見ていた少年です。ソック・ヨウンが犯人とされたのですが、確たる証拠もありません。
国内選挙を有利に戦うことを目論んだチャワリットの爆弾発言が、波紋を呼んで、国際テロ、国際謀略、国際スパイ問題にと話題が広がりつつあります。サム・リャンシーがオサマ・ビン・ラディン宛にタイ、ラオス、カンボジアでのテロ活動の依頼と50億円の報酬を書いた手紙などの怪文書も飛び交うようになってきました。論議はすでに選挙民の関心事から離れてしまっています。そして、チャワリット氏が陸軍参謀長をやっていたときのビルマ軍政との木材利権の癒着なども取り沙汰されるようになってきましたので、足元に火がつかないうちにチャワリット氏はこの話を沙汰闇にするかもしれません。
チャワリット氏の話にどれくらいの信憑性があるのか、というと100%ではないし、0%でもありません。政府与党を陥れるためのかなりの脚色部分はありますが、どこかに真実も隠されているはずです。それは彼が軍部の情報をかなり持っているからです。
タイでは総選挙になるとこのように地下で行なわれているドロドロとした世界がちらちらと見え隠れします。もちろん私にタイの選挙権はないのですが、タイ社会の深淵を覗ける良いチャンスだと思って、注目しています。そして今回は、いままで民衆にベールに包まれていた枢密院議員選挙がありますから、より楽しみです。
ところで誰か本当にオサマ・ビン・ラディンの正確な情報を持っていませんか。懸賞金の5百万ドルを手にして、タイの田舎で何もせずに安穏と余生を暮らすのが夢です。
(MK)
 
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